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日野川 あさ

Author:日野川 あさ
奈良のエネルギーワーカーです。
主にネットでヒーリングやチャネリングの活動してます。

○伝授・ヒーリング等のサイト
”PRISMATICA”

○天然石とアクセサリーのショップ
プリズマティカのサイトに併合しました。

○アメブロの普段日記
”スジャータさんのメモ帳”

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悪いこと

悪いことをするとバチが当たるよと言われている。
神はバチなんか当てるわけないので、実は自分への戒めということになるのだろう。

戒めというならば、なぜバチと言われる現象がおきるのだろうか。
「こんなことやってたらいつか××(恐れていること)になるだろうな」と予め想像しているからバチという表現になるのだろうとおもう。
言い換えれば、悪いことをやっていて、恐れていることが起こる可能性を予測できているのだ。

例えば、仕事中のサラリーマンが、営業車の中でお昼ご飯を食べた後に公園横の桜の木の下でお昼寝するのが1時間。
最初はちょっと眠たいから、運転に支障をきたすからと休んだつもりが1時間になった。
あまりにその後の仕事がはかどったので、次の日もちょっとだけとまた1時間お昼寝。
その次の日も・・・と続けてしまって1か月。
「昼寝はさぼりだな」と、思うときがあった。
そして会社の誰かにみられたら・・・と不安になる。
その気持ちは昼寝のたびに起こり、その都度、こんなところ誰も通るわけがないと打ち消して昼寝をする。

会社をさぼっているのが、心にやましいことで、悪いことをしている自分をまのあたりにしている。
悪いことをやっている自分を知っている。

これが悪いと思わなければバチにならない。
つまり「昼寝したから、仕事がはかどったので昼寝は必要。思いついた自分偉い!」などと思っているならばバチは起こらないであろう。
よしんば会社に見つかって、始末書を書かされることになっても、バチではなく「会社がどうして理解してくれないのだろうか」などと思うだろう。

「仕事中の昼寝」をとらえるこのあたりの感覚は個人の状況により千差万別であろうが、自分は悪いことをやっていると思った場合、会社にみつかったことで「ほら、バチがあたった」と思うだろうとおもう。

これは、悪いことをやっていてそれをやめなければならない自分への理由づけであるともいえるが、ここでは、自分への信頼を損ないためにも自分が悪いとおもったことはしないほうがいいということが言いたい。
信頼をそこねるとはどうゆうことかというと、自分を悪いやつだとおもうということである。
悪いと思っている人に自分の全てを託すだろうか。
自分を応援してくれる最大の味方は自分自身であるのに、その自分を信頼できないということほど、心細いことはない。

人は、肉体(+感情)と精神の合体物であり、一致団結して、力を出さなければ、乗り越えられないかとおもえるような困難な壁があるときは、かなりつらい状況になる。

なにか悪いことが続けさまに起こる場合は、一瞬でも「これってやめたほうがいいことかな?」とふりかえり、戻って確認してみるのがいいかもしれない。





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