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日野川 あさ

Author:日野川 あさ
奈良のエネルギーワーカーです。
主にネットでヒーリングやチャネリングの活動してます。

○伝授・ヒーリング等のサイト
”PRISMATICA”

○天然石とアクセサリーのショップ
プリズマティカのサイトに併合しました。

○アメブロの普段日記
”スジャータさんのメモ帳”

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死んだ人の意識

人生にはいろんな試練があって、それを乗り越えることで人は成長していくものであるが、
死というのは、人生のうちで最も大きな試練であるそうだ。

肉体の死というのを意識が受け入れるか受け入れないかで、意識の行き場所は違ってくる。
意識が変化するときにはなにかわれわれ生きている人間が想像しにくい力が加わって、通常は受け入れ、無になる。
受け入れることができない場合は、この世でさまよう亡霊となる。

魂は次のステップにすすむため、上の方に行ってしまう。
3,4次元だと壁一枚隔てた別の世界だ。

殺された人はどうなるの?という考えがおこるが、肉体の死を受け入れないと、亡霊としてさまようことになってしまう。

では、自殺した人はどうだろう。
死にたいと強く思っているので、無になれるのか。
そうでなく、「死」に逃げたくなるほどのなにかがこの世にあったということになるので、意識はかならずのこってしまう、つまり亡霊になってしまう。

霊能力者が何年か前に死んだお母さんと話をしてくれた。
無にかえった、つまり死を受け入れた意識と話すことは難しい。
なんらかの技術を使って、お母さんが生きていた時分に霊能者の意識を時空をこえて飛ばせてコンタクトをとる等の方法で話をしてくれてるのかもしれない。

ちなみに無になるというのは、神の光に包まれるということである。
そして、魂と意識は違う。
魂は永遠であり、神の光のかけらであると、私は思っている。

今、自分の瞑想のお題が、死についてのようである。
ここに備忘をいろいろ記しているが、二転三転していることもある。私の理解がまずいせいなのだが・・・・。

ピオ神父は赤い首にかけた布と白い服装。
背が高く細い印象だった。



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