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日野川 あさ

Author:日野川 あさ
奈良のエネルギーワーカーです。
主にネットでヒーリングやチャネリングの活動してます。

○伝授・ヒーリング等のサイト
”PRISMATICA”

○天然石とアクセサリーのショップ
プリズマティカのサイトに併合しました。

○アメブロの普段日記
”スジャータさんのメモ帳”

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アルクトゥルスの馬

先日のエンジェルレイキティーチャーコースを受けて以来、星の働きかけるエネルギーを感じるほうに私の意識が傾いているのか今日はアルクトゥルスのやさしいエネルギーがおりてきた。

アルクトゥルスのまわりには、いろんな次元のなにかが周回していて、たくさん周りにエネルギー体があつまっている。
ここといえば巨大な馬が印象的なのだが、やっぱり恐竜サイズの白い馬がやってきて、私のそばにしばらくたたずんでいた。

結びを知っていますか。

始まることがあれば終わりも必要という意味ではないようだ。
はじまりと終わりのエネルギーを調和させるという意味なのだそうだ。

ずっと前の瞑想でも、感じたことで
やりっぱなしというのが、地球では多くみられて、そこで起こる不調和にいつ気が付くんだとやられてたが、
物事どうしを組み合わせる意味の調和ではなく、地球ではどうしても時間の制約を感じてやろうとおもってもしにくいと
思うんだけど、始めるときにはそれが実現し活性化してなじむ、あるいはそのものの性格にもよるけれど、実現したのち、役目を終えて空にもどす、というところにも手をかける、気持ちをかけるのが調和だということなのだろう。

無とは満ち足りていること
調和していることだから、なにかはじまるということは終わりを目指しているということになる。
人に当てはめると、生まれたときにはすでに死を目指すということになるが、死とは肉体の消滅をふつうイメージしてしまうが、、(その生きてきた自分が)満ち足りた状態になるという意味だとスピリチュアルの世界では理解したほうがよさそうである。

私はこのあと、円錐形の海の上に浮かんでいるようなピラミッドのようなところにはいった。
恐竜のような馬は、これは神殿だという。
なかには、青い光をもった人間くらいのサイズの石のようなこれも円錐形よりもすこしごつごつして細長いオブジェのようなものがあった。

これが何を意味しているのか私にはわからなかった。




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