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日野川 あさ

Author:日野川 あさ
奈良のエネルギーワーカーです。
主にネットでヒーリングやチャネリングの活動してます。

○伝授・ヒーリング等のサイト
”PRISMATICA”

○天然石とアクセサリーのショップ
プリズマティカのサイトに併合しました。

○アメブロの普段日記
”スジャータさんのメモ帳”

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マリアと会話

マリアやアフロディテが苦手といっていた私はどこにいってしまったんだろう。
最近は彼女たちに御世話になっている。

アフロディテのワークをモニターさんにしているとき、マリアが出てくることが多い。
これは、ラジエルやってるときに、メルキゼデクが出て来たのとおなじなんだろう。
マリアがくれるエネルギーについて、今朝も受けながらどうゆうものか確かめていた。

マリアが、油をほそーく、クラウンチャクラから満たして行く時、コベンティーナという妖精みたいな澄んだ人がでてきて、体のまわりに水をそそぐ。
波が岸に押し寄せるように、そのコベンティーナの波は体に優しく打ち寄せてくる。

その波のなかで、育ち、ハートに格納され、いつでも取り出して人や自分のためにつかうという流れだ。

マリアは私が悩んでいるときに、こういった。
「しなくていいことはしない」と思うこと。

あのとき彼女はそういったのに、今送ってくれるエネルギーは、包容力、博愛のエネルギーで、慈しみ育む力。
前にいってくれたことと、この包容力というのとは矛盾してないか。

マリアにきいてみた。
「包容力は人を包むというように考えていますね。自分にとっても包容力は必要なのです。」

自分にとっての包容力ってなんだろう。確かに誰をも許し、誰をも受け入れることは、自分も含めてその人たちの例えば霊性や、経験をふやすことになるかもしれない。
そして、包容力は愛を連想させる。
だが?しなくていいことはしないといった。それは・・・。

「出来る範囲の包容力といいましょう。あなたの許容のかぎりということです。」
当然のことなのかもしれない。人間は神ではないから、神のように全ての人を愛するなんてことはどんなにしたいとだだをこねても、無理だろう。自分の許容する限りの包容力、これは当然だ。
これは許容を外れる人には包容力は及ばないということになる。
これが果たしていいのだろうか。
それが、「する必要のないことはしない」という選択になるというのだろうか。。。。

「執着」と聞こえた。
出来る範囲でやれることだけやっているときに、うまくすることができなくてがっかりしたイメージがでてくる。
人間なのだから、人間でできることをただする。それでいいのだ。
これがもちろん最終結論ではない。やっているうちに道がひろがり、答えもでてくるのだろう。

大きく広がった樹の枝は、いつでもその実をもいで、空腹な人に与えることしかできない というのではない。
枝をはり、茂った葉で、その人の頭上に気づかれないようにさして、雨露をよけることもできる。
自分の知らないところで、日陰をつくり、なんらかのダメージをふせいでるかもしれない。
育てば育つほど枝のかずを多くして葉っぱの数も増える。
霊性がこんなふうに、誰かの役に立ちながら成長するなんてすごくいいなとおもった。

コベンティーナを続けて呼んだ。
なぜマリアとあなたなのか。

「浄化です。水はここちよく、あなたのまわりやあなた自身のよどみを流しさってくれるでしょう。」
マリアのいう包容力は余計なことをしない包容力。
余計なことを流しさるという意味で、コベンティーナとタイアップしてるのかとわかった。

余談かもしれないが、マリアは清潔好きな印象もある。
これは余談中の余談だけれど・・・笑

もう少し詰めてからこのワークもまたモニターを探す予定。









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