なにかを気がつかせるために、サインを上が送るということがある。
肉をやめて、食べる量を減らすということを心がけているのだけれど、そうなると特定の人たちが気になってくる。
ヴィーガンや、フルータリアン、そして不食の人たちだ。
食べなくて生きているという人たちがいて、脚光をあびたり有名になったりすることは少ないが、プラーナを取り入れて生きている。
彼等は色んな信念や思いがあって、食べるものを制限しているのだろう。
私の場合、殺されたときの感情がのこっているその「肉」を口にするのがあまりいい気持ちでない ということを感覚にまかせて単にやっているだけである。
その理屈だけで進めると、魚も貝も植物だってそうゆうことになる。
夫もその矛盾をつついてきて、のりたまふりかけをかけて食べている私に
「たまごなんて、これから生を受けようとしたその誕生のエネルギーそのものじゃないか。それを食べてるのに肉だけダメなんてヘン」
無理に食べるのをやめるとかそうゆうのじゃないの、気分として食べたくないってことなのと言いつつも、彼の指摘部分がわかるので、つらいところ。
つまり、夫も私も同じ部分で「矛盾」を感じていて、私はとりあえずエネルギーが大きく感じるものはやめておいてるが、夫は端っからそんなことしない。という選択をしているだけの違いなのである。
話しはそれたが。
不食の人たちのことをネットで見ているとかなりの数がいるのがわかる。
彼等は必要な栄養素を体の中で作れるようになったという。
プラーナだけを取り入れて生きることができるなんて、誰の生命も奪わずに生きて行けるなんて素敵だとおもう。
プラーナというエネルギーを取り入れて物質を動かすなどというのは、霊的な世界に体を特化させることができたということなのかもしれない。
だが、その理屈なら、体はほろびないだろう。不老不死?になるのだろうか・・・・。
なんてことをここのところ毎日考えていたら、生を意識させるようなことが続く。
上が気がつかせるために送っているサインと考えたものが例えばこうゆうかんじ。
・通勤中にみた猫かイタチかの死骸
・潮干狩りで出会った食欲旺盛な女性たち
・脚をくじく、指を深く切り血がなかなかとまらない等 体の障害
・近い人たちの深刻な病気(脳梗塞、くも膜下出血)
今朝の瞑想でヴァイワムスがでてきてくれた。
彼は私にとまらなくていいところで立ち止まっているという趣旨のことを言った。
観音が5体ほどでてきて、私に入浴をすすめた。
真っ白い光の鏡のような湖がでてきて、私はそこにはいる。
はいっているとそのまわりを取り囲んでくれた。
とても気持ちよく、第三チャクラからすーっと光がつたうように上下のチャクラにひろがり体全体に広がって行くヒーリングエネルギー。
観音のワークをまだ開始してないな・・・と思っていたら、サナンダが現れた。
やることをやっていきましょう。
したいことをしましょう。
大丈夫です。
したいことやりたいことはたっくさんあるけど、それをせずにグダグダ考えている。
一つずつ丁寧に気持ちを込めてやっていったほうがいいな。
不食とかのことについて聞いてみたら、あなたはどうおもいますか。と言われた。
どちらかというと私にはあまりオススメでない雰囲気を感じた。
「あなたは生きてるんだよ!」というサインを頻繁に見せられているので、それがわかる。
自分にとってという意味だが、自然じゃないと感じたら、それが正しい。
ついでに火の鳥のことを聞く。
これはユニコーンやドラゴンなどといったエネルギー体と違って、それ自体大きなもので意思をもたないもの。
絶えず移動しているものという説明をうけた。
天使も意思をもたずに神の意思で動くものだけれど、これはそうゆうのとも違っていて、いわゆる道具?器材?に近いといっていた。
なんだか最近はあまり瞑想に時間をとれない。
でもやりたいなとおもっていることは少しずつでもすすめていこうとおもった。
肉をやめて、食べる量を減らすということを心がけているのだけれど、そうなると特定の人たちが気になってくる。
ヴィーガンや、フルータリアン、そして不食の人たちだ。
食べなくて生きているという人たちがいて、脚光をあびたり有名になったりすることは少ないが、プラーナを取り入れて生きている。
彼等は色んな信念や思いがあって、食べるものを制限しているのだろう。
私の場合、殺されたときの感情がのこっているその「肉」を口にするのがあまりいい気持ちでない ということを感覚にまかせて単にやっているだけである。
その理屈だけで進めると、魚も貝も植物だってそうゆうことになる。
夫もその矛盾をつついてきて、のりたまふりかけをかけて食べている私に
「たまごなんて、これから生を受けようとしたその誕生のエネルギーそのものじゃないか。それを食べてるのに肉だけダメなんてヘン」
無理に食べるのをやめるとかそうゆうのじゃないの、気分として食べたくないってことなのと言いつつも、彼の指摘部分がわかるので、つらいところ。
つまり、夫も私も同じ部分で「矛盾」を感じていて、私はとりあえずエネルギーが大きく感じるものはやめておいてるが、夫は端っからそんなことしない。という選択をしているだけの違いなのである。
話しはそれたが。
不食の人たちのことをネットで見ているとかなりの数がいるのがわかる。
彼等は必要な栄養素を体の中で作れるようになったという。
プラーナだけを取り入れて生きることができるなんて、誰の生命も奪わずに生きて行けるなんて素敵だとおもう。
プラーナというエネルギーを取り入れて物質を動かすなどというのは、霊的な世界に体を特化させることができたということなのかもしれない。
だが、その理屈なら、体はほろびないだろう。不老不死?になるのだろうか・・・・。
なんてことをここのところ毎日考えていたら、生を意識させるようなことが続く。
上が気がつかせるために送っているサインと考えたものが例えばこうゆうかんじ。
・通勤中にみた猫かイタチかの死骸
・潮干狩りで出会った食欲旺盛な女性たち
・脚をくじく、指を深く切り血がなかなかとまらない等 体の障害
・近い人たちの深刻な病気(脳梗塞、くも膜下出血)
今朝の瞑想でヴァイワムスがでてきてくれた。
彼は私にとまらなくていいところで立ち止まっているという趣旨のことを言った。
観音が5体ほどでてきて、私に入浴をすすめた。
真っ白い光の鏡のような湖がでてきて、私はそこにはいる。
はいっているとそのまわりを取り囲んでくれた。
とても気持ちよく、第三チャクラからすーっと光がつたうように上下のチャクラにひろがり体全体に広がって行くヒーリングエネルギー。
観音のワークをまだ開始してないな・・・と思っていたら、サナンダが現れた。
やることをやっていきましょう。
したいことをしましょう。
大丈夫です。
したいことやりたいことはたっくさんあるけど、それをせずにグダグダ考えている。
一つずつ丁寧に気持ちを込めてやっていったほうがいいな。
不食とかのことについて聞いてみたら、あなたはどうおもいますか。と言われた。
どちらかというと私にはあまりオススメでない雰囲気を感じた。
「あなたは生きてるんだよ!」というサインを頻繁に見せられているので、それがわかる。
自分にとってという意味だが、自然じゃないと感じたら、それが正しい。
ついでに火の鳥のことを聞く。
これはユニコーンやドラゴンなどといったエネルギー体と違って、それ自体大きなもので意思をもたないもの。
絶えず移動しているものという説明をうけた。
天使も意思をもたずに神の意思で動くものだけれど、これはそうゆうのとも違っていて、いわゆる道具?器材?に近いといっていた。
なんだか最近はあまり瞑想に時間をとれない。
でもやりたいなとおもっていることは少しずつでもすすめていこうとおもった。
