今日もアフロディテにエネルギーを送ってもらう為に瞑想にはいる。
呼ぶとやってきてくれたが、もう一人誰か来た。
グィネビアだった。
(グィネビアについてはこの記事で書いたことがある)
なんだろうなんか用かな、時間ないし急ぐのだけれど とアフロディテに意識を向けると、彼女のいうことを聞いたほうがいいというので、グィネビアの話しをきくことにした。
ハートにレザークリスタルのようなものがつきささっているイメージがみえた。
これがなに?と聞いてもすぐには答えてくれず、彼女は上の方をみた。
私も見ると先日私がアフロディテに連れて行ってもらった女神と一緒に祈った場所が出て来た。
(女神が祈ったかどうかわからないが、私は祈った)
今日はここで、ハートにつきささったこの傷をなんとかしてもらうように女神に祈ってもらおう
というような趣旨をいいたかったということがわかった。
わかったけど、私のハートに傷がついていたなんて想像してなかった。
いったい何の傷なんだろう・・・。
アフロディテにぱりぱりのビュアロというものをかけてもらった。
シールドやフィルターかとおもったけど、そうではなく、自分のまわりの空間を癒すものらしい。
その後下位チャクラからどんどんみたされていって、ハートチャクラが整えられ、とてもすっきりした気分になってきた。今ならどんなネガティブがきても、ポジティブにもっていけそうだと感じた。
その後また宇宙の空間の私の場所までつれていってもらい、自分のハートの傷について祈る。
だがその傷がなんなのかわかっていなかったので、そちらに意識がいってしまった。
光の洪水が押し寄せて来た。
音がないのが不思議、スローモーションのように私をつつみ、あたたかい気でおおってくれた。
息が出来ないのじゃないかとつまらない心配をしたが、ゆったりとしたかんじで包まれている安心感があり、しばしぼーっとすることができた。
女神たちはいってしまった。
アフロディテにエネルギーを送ってくれた後に、ここに来る理由がなにか聞いてみた。
エネルギーは女神になるためのものだから、女神にならないとね というような返答だった。
女神というか、愛と受容力、そのままの形を伝えるということが出来る存在 という意味。
これを昼休み、後輩にやってみることにする・・・。
呼ぶとやってきてくれたが、もう一人誰か来た。
グィネビアだった。
(グィネビアについてはこの記事で書いたことがある)
なんだろうなんか用かな、時間ないし急ぐのだけれど とアフロディテに意識を向けると、彼女のいうことを聞いたほうがいいというので、グィネビアの話しをきくことにした。
ハートにレザークリスタルのようなものがつきささっているイメージがみえた。
これがなに?と聞いてもすぐには答えてくれず、彼女は上の方をみた。
私も見ると先日私がアフロディテに連れて行ってもらった女神と一緒に祈った場所が出て来た。
(女神が祈ったかどうかわからないが、私は祈った)
今日はここで、ハートにつきささったこの傷をなんとかしてもらうように女神に祈ってもらおう
というような趣旨をいいたかったということがわかった。
わかったけど、私のハートに傷がついていたなんて想像してなかった。
いったい何の傷なんだろう・・・。
アフロディテにぱりぱりのビュアロというものをかけてもらった。
シールドやフィルターかとおもったけど、そうではなく、自分のまわりの空間を癒すものらしい。
その後下位チャクラからどんどんみたされていって、ハートチャクラが整えられ、とてもすっきりした気分になってきた。今ならどんなネガティブがきても、ポジティブにもっていけそうだと感じた。
その後また宇宙の空間の私の場所までつれていってもらい、自分のハートの傷について祈る。
だがその傷がなんなのかわかっていなかったので、そちらに意識がいってしまった。
光の洪水が押し寄せて来た。
音がないのが不思議、スローモーションのように私をつつみ、あたたかい気でおおってくれた。
息が出来ないのじゃないかとつまらない心配をしたが、ゆったりとしたかんじで包まれている安心感があり、しばしぼーっとすることができた。
女神たちはいってしまった。
アフロディテにエネルギーを送ってくれた後に、ここに来る理由がなにか聞いてみた。
エネルギーは女神になるためのものだから、女神にならないとね というような返答だった。
女神というか、愛と受容力、そのままの形を伝えるということが出来る存在 という意味。
これを昼休み、後輩にやってみることにする・・・。