<邂逅>
ニナッハはピーボと一緒に『どろぼうかささぎ』というオペラを見に行った。そのとき結婚を申し込まれた。ピーボはオペラについてはプロなので、それを餌に巧みにニナッハを口説いた。
彼はそのオペラの主人公が彼女の名前からとったものであることを説明した。(残念なことに恋人役といっていたのにもかかわらず、彼の名前は子ども役になってしまっていたが)。単純でオペラ好きの若い娘がよろこびそうなロマンチックな演出だ。
ニナッハは驚きと感動をもって、舞台とピーボを見比べた。
「君が父親を思う気持ちに感動してね」とピーボは照れを装いながらニナッハをちら見して様子を伺った。
頬を紅潮させながらピーボに向ける視線は、いつもの彼を見る時の戸惑いや不安げな様子が幾分減っており、感謝と情が若干ではあるが込められていた。
それを見逃さなかった彼は続ける。
「ニナッハ、今、小さな劇場ではあるが、『セビリアの理髪師』のオープニングでてもらう端役も女性を探しているんだ。」
「少し台詞があって、一瞬だけど目立つところもある。どうかね、それに君、出てみないか」
ニナッハは上演中にも関わらず ええっ!と大げさに大きな声を出して立ち上がった。小刻みに震えながら息を飲み込み、ピーボを見つめた。
そしてドレスの左右を指でつまみ、少しかがんで丁重におじぎした。
「はい・・・・ よろこんで!」
お礼に結婚しなければならないと思った。
ピーボはここまで自分にやってくれている。私の歌の能力ももちろん認めてもらってだろうけど、ここまでやってくれている人の望みはお礼としてかなえななければならない。
震えたり感動したふりをすれば喜ぶだろう。
私の名前を主人公につけてもらったことを喜べば彼も喜ぶ。
結婚などだれとしても同じこと。子を作ればピーボは満足するだろう。
彼女の首から右肩にかけての大きな黒い影は満足げに大きく息を吸い込んだように独特の動きをした。
こうして、ニナッハは気味が悪いと思っていた男と結婚することにした。
そのころ『セビリアの理髪師』はもう様々なところで上演されており、リバイバルで小さな劇場でもときどき公演されていた。
ニナッハがやるのは女性は街娘で、「ありがとうございます!ご主人様!!」と一言叫ぶ。そのときに一瞬スポットライトのすべてを独占できる。そんな役だった。
歌唱力は関係なく大きな声がだせればいいだけである。
同じ舞台にいる売れっ子の歌手たちと同じ場にいるので、自分もいっぱしの歌手のような気持ちになった。
舞台は1日に数回あったので忙しかったがその合間にも、誘われるがままに男性の歌手のデートをしたり相手をしたりした。
そんな行動は夫ピーボにたいして不誠実であったが、理解していなかった。自分を他の舞台でも売り込めるチャンスでコネ作りのためと思っていた。
ピーボにばれていないのをいいことに奔放な行動を楽しんでいた。
魔術師によって仕込まれた黒い影は彼女の闇の部分をうまく引き出していった。
正しいことや純粋であることは重要ではない。嘘であっても、不誠実であっても大したことではない。
泥酔して家に帰ることが多くなってきた。
いそがしいピーボは仕事で通常は帰宅も遅い。そんなだれもいない家に千鳥足で帰ってきた。ただいま~といいながら扉をあけると、ふわっとあたたかい空気を感じた。だれかいるようだ。
火の気のない暖炉の前に老人が、すわっていたのだ。
そこは、火もついていないのに、やわらかであたたかい気が立ちこめている。
老人はやせていて、真っ白いひげと髪と肌であった。白すぎるので、青みがかったプラチナの光のようにも感じる。暗い室内で輝いている老人は振り返った。
その瞬間酔っぱらっていたニナッハは仰向けに倒れた。
ダークブラウンの板の床で、そばに古びた机があり白い花がさしてある花瓶がうえにある。
天井も暗い。暗い天井をつきとおして星が見える。
星は転倒のショックでみえたものであろう。
他に光っているのは自分の体とその老人。
飲み過ぎた・・・。
酒臭い息をフーーッと長くついた後、ニナッハは動けなくなってしまった。
まばたきもできず顔の筋肉が動かない。体もまるで石膏でかためられたように動けない。
大の字になって目を見開いたまま横たわっているニナッハ。
自分が固い床に寝転がっている感覚はなく、意識が天空にあがる感じがした。
周りの星がまたたきをはじめ、中心の光るものが一つが大きく輝きを増し始める。
まるで太陽のように大きく大きくかがやいて、眉間にその光が貫通するように感じる。
しばらく直視できないでいたが、徐々に光の中に老人がいるのがわかった。
すべてが金色に輝く場所で、彼は温かくやさしい笑顔でニナッハを見つめていた。
あまりに光がものすごくて息がしにくいほどだ・・・とおもっていると、
「わかりますね?」と老人が言った。
わからない・・・・。
返答に困っていると笑顔のまま老人は消え、光も消えそのままニナッハは星空の光に満ちた空間を浮遊しはじめた。
漆黒の空間であったり、雲のようなやさしい空間であったり、赤や黄色、青などのさまざまな光の丸い玉が浮かんでいる場であったり色々な場を漂う。
初めての経験。夢をみているのだろうか。気持ちがとてもいい・・・。
そのとき。
バタン! と大きな音がした。
ニナッハはピーボが帰宅したことをしり、意識が急いで体に戻ってきた。
すぐには起き上がれず、目だけ暖炉のほうにやったが、老人はいない。部屋の別のところを見渡してもいつも通り寒々しい部屋である。
ドアをあけてピーボが入ってきた。
ニナッハはピーボと一緒に『どろぼうかささぎ』というオペラを見に行った。そのとき結婚を申し込まれた。ピーボはオペラについてはプロなので、それを餌に巧みにニナッハを口説いた。
彼はそのオペラの主人公が彼女の名前からとったものであることを説明した。(残念なことに恋人役といっていたのにもかかわらず、彼の名前は子ども役になってしまっていたが)。単純でオペラ好きの若い娘がよろこびそうなロマンチックな演出だ。
ニナッハは驚きと感動をもって、舞台とピーボを見比べた。
「君が父親を思う気持ちに感動してね」とピーボは照れを装いながらニナッハをちら見して様子を伺った。
頬を紅潮させながらピーボに向ける視線は、いつもの彼を見る時の戸惑いや不安げな様子が幾分減っており、感謝と情が若干ではあるが込められていた。
それを見逃さなかった彼は続ける。
「ニナッハ、今、小さな劇場ではあるが、『セビリアの理髪師』のオープニングでてもらう端役も女性を探しているんだ。」
「少し台詞があって、一瞬だけど目立つところもある。どうかね、それに君、出てみないか」
ニナッハは上演中にも関わらず ええっ!と大げさに大きな声を出して立ち上がった。小刻みに震えながら息を飲み込み、ピーボを見つめた。
そしてドレスの左右を指でつまみ、少しかがんで丁重におじぎした。
「はい・・・・ よろこんで!」
お礼に結婚しなければならないと思った。
ピーボはここまで自分にやってくれている。私の歌の能力ももちろん認めてもらってだろうけど、ここまでやってくれている人の望みはお礼としてかなえななければならない。
震えたり感動したふりをすれば喜ぶだろう。
私の名前を主人公につけてもらったことを喜べば彼も喜ぶ。
結婚などだれとしても同じこと。子を作ればピーボは満足するだろう。
彼女の首から右肩にかけての大きな黒い影は満足げに大きく息を吸い込んだように独特の動きをした。
こうして、ニナッハは気味が悪いと思っていた男と結婚することにした。
そのころ『セビリアの理髪師』はもう様々なところで上演されており、リバイバルで小さな劇場でもときどき公演されていた。
ニナッハがやるのは女性は街娘で、「ありがとうございます!ご主人様!!」と一言叫ぶ。そのときに一瞬スポットライトのすべてを独占できる。そんな役だった。
歌唱力は関係なく大きな声がだせればいいだけである。
同じ舞台にいる売れっ子の歌手たちと同じ場にいるので、自分もいっぱしの歌手のような気持ちになった。
舞台は1日に数回あったので忙しかったがその合間にも、誘われるがままに男性の歌手のデートをしたり相手をしたりした。
そんな行動は夫ピーボにたいして不誠実であったが、理解していなかった。自分を他の舞台でも売り込めるチャンスでコネ作りのためと思っていた。
ピーボにばれていないのをいいことに奔放な行動を楽しんでいた。
魔術師によって仕込まれた黒い影は彼女の闇の部分をうまく引き出していった。
正しいことや純粋であることは重要ではない。嘘であっても、不誠実であっても大したことではない。
泥酔して家に帰ることが多くなってきた。
いそがしいピーボは仕事で通常は帰宅も遅い。そんなだれもいない家に千鳥足で帰ってきた。ただいま~といいながら扉をあけると、ふわっとあたたかい空気を感じた。だれかいるようだ。
火の気のない暖炉の前に老人が、すわっていたのだ。
そこは、火もついていないのに、やわらかであたたかい気が立ちこめている。
老人はやせていて、真っ白いひげと髪と肌であった。白すぎるので、青みがかったプラチナの光のようにも感じる。暗い室内で輝いている老人は振り返った。
その瞬間酔っぱらっていたニナッハは仰向けに倒れた。
ダークブラウンの板の床で、そばに古びた机があり白い花がさしてある花瓶がうえにある。
天井も暗い。暗い天井をつきとおして星が見える。
星は転倒のショックでみえたものであろう。
他に光っているのは自分の体とその老人。
飲み過ぎた・・・。
酒臭い息をフーーッと長くついた後、ニナッハは動けなくなってしまった。
まばたきもできず顔の筋肉が動かない。体もまるで石膏でかためられたように動けない。
大の字になって目を見開いたまま横たわっているニナッハ。
自分が固い床に寝転がっている感覚はなく、意識が天空にあがる感じがした。
周りの星がまたたきをはじめ、中心の光るものが一つが大きく輝きを増し始める。
まるで太陽のように大きく大きくかがやいて、眉間にその光が貫通するように感じる。
しばらく直視できないでいたが、徐々に光の中に老人がいるのがわかった。
すべてが金色に輝く場所で、彼は温かくやさしい笑顔でニナッハを見つめていた。
あまりに光がものすごくて息がしにくいほどだ・・・とおもっていると、
「わかりますね?」と老人が言った。
わからない・・・・。
返答に困っていると笑顔のまま老人は消え、光も消えそのままニナッハは星空の光に満ちた空間を浮遊しはじめた。
漆黒の空間であったり、雲のようなやさしい空間であったり、赤や黄色、青などのさまざまな光の丸い玉が浮かんでいる場であったり色々な場を漂う。
初めての経験。夢をみているのだろうか。気持ちがとてもいい・・・。
そのとき。
バタン! と大きな音がした。
ニナッハはピーボが帰宅したことをしり、意識が急いで体に戻ってきた。
すぐには起き上がれず、目だけ暖炉のほうにやったが、老人はいない。部屋の別のところを見渡してもいつも通り寒々しい部屋である。
ドアをあけてピーボが入ってきた。
