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日野川 あさ

Author:日野川 あさ
奈良のエネルギーワーカーです。
主にネットでヒーリングやチャネリングの活動してます。

○伝授・ヒーリング等のサイト
”PRISMATICA”

○天然石とアクセサリーのショップ
プリズマティカのサイトに併合しました。

○アメブロの普段日記
”スジャータさんのメモ帳”

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赤穂

日曜日、赤穂に家族の人たちと行ってきた。

牡蠣を食べたり温泉にはいって概ね楽しく過ごしたが、妹が行きたいといった花岳寺で、楽しくなかったことがあったのでメモしておきたいとおもう。笑

花岳寺は赤穂歴代藩主浅野家、永井家、森家の菩提寺で大石家ほか義士の香華院がある。西国31番霊場の曹洞宗のお寺である。ここには赤穂浪士、47人の墓所がある。
墓所なのでここに遺体は葬られてはいない。髪の毛などが埋葬されているとのこと。

雨がしとしとふっており、庭の鉢植えの小さい梅の花にシャッターを切ったりしていた。
拝観料を払うと中の資料館や忠義塚、義士墓所、森家永井家霊廟などのお墓を拝めることができる。
私はノーガードで脳天気に受付前を通過し、最初入り口付近にある忠義塚にシャッターを切っていた。母や妹が義士の墓所に入っているのをみて、おおここが赤穂浪士の・・とおもいつつ、なにげなく足を踏み入れようとしたら、ぱーんとはじかれてしまった。

中に入れない。めちゃくちゃ入りたくないかんじだった。コの字型のレイアウトの墓所で真ん中のはおそらく浅野公のものであろう墓石をとりかこむ47つの墓石だった。
せっかくこんなところまで来たのにとおもって、嫌だったけど無理矢理はいってやれと思って再度トライしたが、どうしても足が前にでてくれないのであきらめた。

その後資料館にもいって、大石主税はまだ16才だったんだなとか像を見ながら、当時の彼等の心境を慮っていたのであるが、堀部安兵衛だったかの兜の前でキーンとした頭痛がきて資料館をでた。
妹がそんな私をみて顔色わるいでというので、もうここはアカンとおもってお墓をでてしまった。
外にはお参りする場所があって千手観音さまが格子の奥の方にいらっしゃるのがわかった。
その前で家族をまつことにした。

なんでもこの花岳寺には忠臣蔵をする時に役者さんたちがお参りにきたりするらしい。
江戸時代の義士達の無念があんな鮮やかに残っているとは・・・すこし考えにくい。
最後は切腹しているわけだから、自分なりにけじめというかきりのようなものもある程度つけているだろうし、こんな300年ごしのごっつい念などを残るものだろうか。
義士の熱狂的ファンがナニカしたかとか、色んなひとがお参りするのでそのナニカが残ってたとかそんなのだろうが、かなりキツかった。

ちなみに義士の遺骸は東京の泉岳寺に葬られているとのこと。
こちらもファンのお参りは多いだろうな・・・・。


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春日大社にお参り

昨日は関東から友達が来ていたので、奈良案内をさせてもらった。
案内するほど私もよくわかってない。頼りないガイドで申し訳なかったのであるが、半日ほど奈良公園周辺をまわった。

まず大仏殿に向かう。
いつきても圧倒される建物の大きさ。屋根がたかく見上げてると倒れそうになる。本当に圧倒される。
その後お昼をたべて興福寺の国宝館で阿修羅や千手観音に手を合わせ、春日大社に向かった。

こちらは男の神様。
「ヒーラーとしての活動と、本職(会社の仕事)をどちらもうまく行くようにお願いします。」
昨日拝んだ仏像すべてと春日さんにお願いしたのはこれだった。
真っ白いひげをたくわえた白い服をきた神様が出ていらして、ご挨拶できた。

春日大社の神様について調べてみた。
武甕槌命(たけみかづちのみこと)
いざなぎ、いざなみの子どもで火の神様であった、軻遇突智(かぐつち)が生まれたときに、いざなみは大やけどをした。怒ったいざなぎが軻遇突智(かぐつち)を切った時の血が飛び散ってできた3神の一人。

経津主命(ふつぬしのみこと)
そのとびちったときにできた神様の孫が経津主神であるといわれている。武甕槌神とともに出雲へ天降り、大国主命と国譲りの交渉をしている。

天児屋根命(あめのこやねのみこと)
神事と政治を守り導かれる神様。天照大神が天岩戸にかくれたときに、岩戸を少し開いたときに太玉命とともに鏡を差し出した神様。天孫降臨の際、瓊瓊杵尊(ににぎ)につきそったともいわれている。

天美津玉照比売命(あめのみつたまてるひめのみこと)
天児屋根命のお妃。天照大御神だとも言われてるらしい。平和と愛の神様


私たちが中の本殿をお参りさせていただいたとき、神主さんがいらしてお供え物を奉仕されていた。
厳かな清々しい一瞬を拝見させていただくことができた。らっきー(^_^)





玉置神社

奈良のディープサウス。
奈良にすんでいるのだが、観光にこられるなら個人的には大仏さんや鹿せんべいよりこちらのほうにぜひ足をのばしていただきたいところである。
古くは南北朝時代、後醍醐天皇が南朝としてひらいた吉野で、温泉が点在し、山だらけオゾンだらけパワースポットだらけのこの地はマニア、いやマニアでなくとも是非訪れていただきたい所なのであるるが、先日機会がありここにいくことができた。

玉置神社は、その山深い吉野のさらに奥、十津川温泉の近くの玉置山の上にある。
山のあとにまたそのあと山にのぼるという寸法。
クルマでないとなかなかここを訪れるのは難しいのではないだろうか・・・。(途中徒歩の人もいたけど)

自宅から4時間半ほどかかって到着できた。
駐車場は見晴らしのよいところにあり、車外にでた瞬間の空気もまた格別。

でもその空気も、駐車場との境目の鳥居をくぐると奥にすすむにつれ、厳かな清々しい空気にかわっていった。

充電しておいたのにカメラをもっていくのをわすれて、携帯で写真をとったが、哀しすぎた。。。


国常立尊 伊弉諾尊 伊弉冊尊 天照大御神 神日本磐余彦尊が本殿のご祭神である。

私はこの本殿にお参りするときに「道に迷った時、正しい方向を選ぶ力をください」とお願いしてみた。

お祈りしているときに、頭から胸にかけて、すーっと水がつたったような感覚になる。


神社の裏側にある夫婦杉。


この杉のとなりにある神代杉がすごくて、カメラもとい携帯を向けることができなかった。

幹のまわりが19メートルもある巨大な老木で、「世が世なら、世が世なら・・」とくり返していた。


玉石社


ここは不妊の人が海岸で石をひろい、ここに備え、こちらの根元の石をいただいて、願いが成就したときに海岸でふたたび石をひろい、その根元の石と一緒にここに返しにくるというところ。

木と木の間にエネルギーの流れのようなものをかんじた。


こちらではお守りや、ポケットサイズのお札「 神楽」というのがあり、こちらでしか手にはいらないそうで、両親の分を買い山をくだる。


その後谷瀬の吊り橋というここらへんでの観光スポットに行った。

横からみたところ。


渡ってみてるところ。結構ゆれてすきまとかある。昔は両隣の金網はなかった。

修理がひつような部分に赤いペンキで×とかかいてあったり、ビニールテープ(!)で臨時修繕がほどこされていた。。。



橋からみた川とか。


帰ったら19時半だった。

同行してくださったさわさんどうもありがとう(^_^)

大神神社にいってきた

今日は免許証の更新で交通センターにいってきたのであるが、近くに三輪さんがあるので、ちょっと行かせていただく事にした。
まずものすごい大きな鳥居を車でくぐり、駐車場にとめて、歩いて行く。
神社でなにか感じたい場合は鳥居のくぐり方があるのだけれど、今回はいろんなお願いごとをしようと企んでいたので、神社でなにか感じたい場合のくぐり方を実施。

歩道を歩いているうちに本殿のほうで感じたのは、大きい大きいまるい太陽のようなエネルギー体が上にあり、そこから白いへびのようなものがぐるぐるとなっている様子がみえてきた。
竜かへびかわからなかったけど、白かった。白いエネルギーに満ちていた。
参道を歩きながらも結構高いエネルギーをかんじていた。

最初は祓戸神社。ここで心身清めてから参拝。
それから階段をあがるときに、ふと思いつきたまたまもっていたコンデジをむけてみる。
すると、液晶に紫のラインがみえた。
撮ってみようとしたが、なぜか写真にするとうつらない。

階段をあがりきったところが広くなっているのだが、そこでエネルギーをかんじるので、またカメラをむけてみると大きな紫の柱になっていた。
そこでまた10枚ぐらいモードをかえてとってみたのだけれど、全然うつらない。
大きな杉がありその奥に拝殿があった。
そこでお願いごとをしてみたが、三輪の神様は無言・・・という感じだった。

そして、三輪さんのご神体である山にのぼってみようと狭井神社にいった。
しかし今日はお祭りでご神体にのぼることはできなかった。
途中で市杵島姫神社があったのでお願いをしてみる。
こちらの神様は大変陽気で気さくにおはなしくださったような気がした。

途中に有る磐座神社。ここは少彦名(すくなひこ)の神様をおまつりしているようで、こちらも結構エネルギーをかんじた。
先生おすすめの元伊勢の桧原神社にはいけなかったが次回の楽しみとしてとっておくことにする。
少し写真をとってきたので備忘。


スジャータさんのメモ帳

入り口 2つめの鳥居。
この前でも紫の柱があった。


スジャータさんのメモ帳

拝殿前の階段
この左寄りの所に紫の光の柱があった。
拝殿の上には光のつぶというかしゃわしゃわしたものがみられた。



スジャータさんのメモ帳

左の大きな建物が拝殿
イメージとしてはこんなかんじ。(これは加工しています)



スジャータさんのメモ帳

モードかえてがんばってとった拝殿の写真。
奥の森の木のところや拝殿の屋根が紫かかってるのが確認できる。



スジャータさんのメモ帳

市杵島姫神社
ここにも紫の光の柱がみられた。


構図とかはまるで考えずに撮ったのであまりいい写真じゃないけど。
デジカメの不調かと思い、三輪さんをでてから色んな所にカメラをむけてみたが、どこも紫の柱はうつらなかった。
私の先生だと本当にじょうずに光とか光のつぶの写真とられるんだけどなあ。。。。



3月の四天王寺

月に2回くらいいきたかった四天王寺、一ヶ月に一度になっている。
今日は偶然の幸運だったのだけれど、お彼岸なので、屋台が境内にでていた。
前回いったときに閉じられていた菩薩様などの扉もあけられていて、掃除中だった。

子供と境内をぐるりと回って帰ってきた。
弘法様の像があり、コケがびっしりはえた亀井不動様の足下に水をかけさせてもらった。その隣で、お経木を水に浮かべる作業をされているところで娘はじっと見入っていた。
その前にある、馬頭観音様と地蔵菩薩様に挨拶をした。

そういえば、毎月21、22日は太子会といって、骨董市みたいなのが、催されることを思い出した。以前少し骨董関連にはまっていたのだが、骨董市にいってみたいなあとネットで調べていたのだった。といっても一度も行った事がないまま、その趣味は自分から遠のいてしまった。(単に飽きたともゆう)

屋台のなかに、骨董をあつかっているお店もあるように見えた。そこで昔の血がふつふつと刺激されたのだが、運よく車に財布がはいったかばんをおいてきてしまったので、純粋にお参りするという目的だけ行って車にもどる。

娘は屋台の食べ物でなにか美味しそうなものを見つけたらしくて、なんで財布もってこなかったん~?と不満げにいっていた。

四天王寺には、やってきた人に、「遠いところよう来たなあ、まあこたつにでもはいって、みかんよばれ」みたいな大阪の良心的、気さくなあたたかい雰囲気を感じている。
まだ7時というのに、結構ひとがきていた。

帰りしなにコンビニでおにぎりやサンドイッチを買って朝食とした。

興福寺

先週の土曜日、レイキのお友達と奈良でランチの約束をしていた。
せっかく奈良公園の近くまできたしということで、約束の時間より早めに奈良にゆき、興福寺に行った。
本当は春日大社に行こうとおもっていた。
奈良公園のほうにむかって歩きながら時計に目をやると11時16分。
春日さんまで行く時間はないなあ、強行するか?とか考えているとなにげにふっと興福寺が思い浮かんだ。
そうだ、阿修羅さまを拝みに行こう。

奈良公園のフェンスのところに、興福寺の宝物殿、いまは、いや昔からかもしれないけど国宝館というのか、その広告の看板がつりさがっていて歩きながらそれを拾い読みした。
3月1日からオープンとのこと。

おお、ついてる~。2月いっぱい工事でおやすみだったようだ。
雨がふっているし人も少なかろうとおもいつつ、現地に到着し、人の多さに舌を巻きながら傘袋に傘をしまいつつ、受付のまえに立つ。
「中金堂とセットのチケットにされますか?」
「中金堂ってどこですか?」
「おとなりの建物になります。」
え、あそこ入れるんだ。とおもいながら、時計をながめて時間確認後セットのチケットを購入した。
高校時代、奈良公園を横切って通学していたのだが、中金堂に人がはいってるのを見たことがなかったようにおもう。

興福寺国宝館
人が多く、阿修羅さまの前では人だかりがあった。
前のようにガラスケースに入ってる頃と比較して、すてきな配置になっていて見やすかった。
千手観音様はやはりど真ん中。ここしかあり得ないけど・・・・。
阿修羅さまは当然美しいのであるけれども、八部衆のなかで一つガラスケースにはいった頭だけのものがあり、
象のお顔をかぶっていらした。阿修羅様よりもまだ幼い男の子の表情だ。これは五部浄像(ごぶじょうぞう)で、八部衆のなかで「天」に該当する神様なのだとか。
後、金剛力士像に惚れ直した。
あ・うんのうち、「あ」のほうが好き。腕の上げかたも迫力あるし、かっこいいな~と思いしばし見とれていた。

中金堂では、薬師如来さまが中央にいらした。
薬師如来さまのとなりには日光月光菩薩様がいらして、うつくしい。
薬師如来様のお目は半目になっていて、瞑想中なのだろう、半目ってむずかしいよ、きっと第三の目を感じてらっしゃるのだろうなといろいろしょうむないことを考えていた。

薬師寺の日光菩薩様が好きである。
月光菩薩さまの方が美術的な評価がおそらく高いのだろうが、りんとした少々きつめの印象を月光菩薩さまからうける。日光菩薩さまからはやわらかいあたたかさを感じて好き。
しかし、この中金堂のそれはどちらもきれいでよく似ているイメージだった。

学問関係を司る薬師如来さま。
当然娘の合格をお願いして、その場を離れた。
そして待ち合わせの場所にむかった。


法隆寺

週末に法隆寺にいった。
夢殿が昨日まで中を見ることができてラッキーであった。
金堂の壁画の観音様の美しいこと。当時はこのように色あせてなかっただろうし本当にお釈迦様の世界が最高の状態でみることができたのだろう。
下の子が中を見て「うわ~~ すご~~~い」と嘆声をもらした。

薬師如来、細めの釈迦如来は、りんとした美しさを感じる。
中を歩いているとこういった社寺特有がもつうすけむりのオーラのようなものが見える。
一人で行っているといろんな仏像の眺め方ができただろうが、小さい子に気を使わねばならなかったので、その程度の気しか感じられなかった。

最後にいった阿弥陀さまの前の地蔵菩薩さまのやさしいお顔が下の子は気に入ったようで、何度もみていた。
そして楽しみにしていた中宮寺の弥勒菩薩さまは・・・・・・・みれなかった。
世界一美しい弥勒菩薩さまだとおもう。
3時45分でしめられてしまうが、前までいったのは3時50分だった。惜しい。
いくつもの仏さまを拝むことができてよかった。
また時間をとって一人でいきたいものである。



四天王寺に行った

朝早くてみんなしまっていたが、外に有る普賢菩薩様に手をあわせてきた。
前におばあちゃんがお参りをしていたが、普賢菩薩様はじーーっとごらんになっていた。
おばあちゃんはお願いごとを口にしながら、菩薩様を足下を一生懸命さわっていた。

娘についてこちらもお願いごとがあり、お祈りしてご様子をみると、なに新顔?みたいな顔でチラ見されていた。
2週間に一度だけどこれから参りますので、よろしくお願い申し上げます。
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